写真: Wikimedia Commons
沼津港エリアの「春日町」といえば、海鮮丼や寿司のイメージが先行しがちだ。しかしこの通りには、昭和36年創業のうなぎ老舗問屋が本社と直営店を構え、独自のうなぎ文化を半世紀以上にわたって育ててきた歴史がある。なぜ海鮮の街・沼津港のすぐ隣に、うなぎの名店が根付いたのか。その背景と文化を深掘りしてみる。
沼津魚市場場外という立地が生んだ食の集積地
春日町は沼津駅から南に下った沼津港のすぐ隣に位置し、「沼津魚市場の場外エリア」にあたる通りだ。「場外」とは競りが行われる市場の内側(場内)ではなく、その外側に広がる加工・販売・飲食のゾーンのこと。一般市民でも立ち入れる場所であり、新鮮な魚を扱う問屋や飲食店が集積しやすい構造を持っている。
沼津魚市場は駿河湾や伊豆半島の豊かな漁場に近く、深海魚・地あじ・しらすをはじめとする多彩な魚介類が水揚げされる。市場の場外には、その鮮魚を活かした飲食店や干物店、食材問屋が自然発生的に集まってきた。こうした「食のプロが集まる場外」という立地の性格が、うなぎ専門の問屋まで引き寄せた背景にある。
魚介類の流通と加工を担う事業者が軒を連ねる春日町は、「何かひとつの食材を極めた専門業者」が長期的に根付くのに適した土壌を持っている。うなぎもその例外ではなかった。
「うなぎ一筋半世紀」京丸うなぎ株式会社の軌跡
春日町のうなぎ文化の中心にあるのが、京丸うなぎ株式会社(本社:沼津市春日町31)だ。創業は昭和36年(1961年)。当初は静岡県焼津市で養鰻業(うなぎの養殖)としてスタートし、うなぎを育てることから事業が始まった。
その後、養鰻業に留まらず活鰻問屋(生きたまま流通させる卸売業者)へと業容を拡大。白焼き加工場を建設し、白焼き(タレを使わずに素焼きしたもの)の製造・販売にも乗り出した。白焼きはうなぎの自然な旨みを引き出す加工法で、問屋として販路を広げるうえで重要な柱となった。
やがて産地問屋から「消費地の問屋」へとシフトし、静岡県東部の中心都市・沼津市幸町へ加工場業務を移転。さらに事業の拡大に合わせて、沼津魚市場場外のある春日町へ工場と本社機能を移設した。平成5年(1993年)に法人化し、現在は飲食部門を含む「京丸うなぎグループ」として複数の店舗を展開している。
焼津での養鰻から始まり、問屋として静岡県東部に根付くまでの歩みは、まさに「うなぎ一筋半世紀」と呼べる歴史だ。春日町の番地に本社が構えるのは、この長い積み重ねの結果にほかならない。
富士山・愛鷹山系の伏流水とうなぎの鮮度の関係
春日町でうなぎを語るうえで外せないのが、水質の話だ。京丸うなぎが料理・加工に使用するのは、富士山・愛鷹山系の清らかな地下水(伏流水)である。
富士山の雪解け水や雨水は長い年月をかけて溶岩の地層を浸透し、ミネラルを含んだ良質な伏流水となって静岡県東部の地下に広がっている。この伏流水の恩恵を最もよく知られるのが、三島市だ。三島は「水の都」として全国にその名を知られ、富士山の伏流水が市内各所から湧き出す環境を生かした「三島うなぎ」は、静岡を代表するうなぎブランドのひとつとなっている。
活きたうなぎには独特の臭みがある。この臭みを抜くためには、清潔で水質の良い水の中でしばらく泳がせる「蓄養(ちくよう)」が有効とされる。軟水で雑味の少ない富士山系の伏流水は、余分な臭みを抜くのに適した水質を持っている。問屋として一貫してうなぎを管理できる京丸にとって、この良質な水へのアクセスは、素材の品質を高いレベルで維持するうえで大きな強みとなっている。
沼津が「三島うなぎ」ほど広くは知られていないとはいえ、同じ富士山・愛鷹山系の伏流水の恩恵を受けられる地理的条件にあることは、春日町にうなぎの文化が育った理由のひとつに数えられるだろう。
問屋直営だから実現できる、鮮度とコスパの両立
「うなぎ処 京丸」は、卸問屋・京丸うなぎが直接運営する飲食店だ。一般的なうなぎ料理店は仲卸や小売業者を通じてうなぎを仕入れるが、京丸の場合は問屋自身が直接店舗を運営するため、中間マージンが発生しない構造になっている。これが鮮度の高い状態での提供と、コストの圧縮に直結している。
「仕入れのプロが料理も作る」という問屋直営のモデルは、素材選定の段階から関与できる点で大きな強みを持つ。どのうなぎを選ぶか、どの状態のものを使うか、という判断を飲食部門がリアルタイムに反映できる。一般の飲食店が「仕入れ値で選ぶ」のに対し、問屋直営は「最良の素材を最短ルートで提供する」姿勢が取りやすい。
numazuko.jpの登録データによると、うなぎ処 京丸の予算は1,000〜2,000円という価格帯が示されている(訪問前に公式サイト等で最新情報を確認されたい)。また、店頭には無料の専用駐車場が38台完備されている。沼津港エリアは週末の駐車場不足が悩みの種になりやすいが、春日町の店舗ではその点でもストレスなく訪問できる。
石焼という独自スタイル、焼きたてを食卓で完成させる
うなぎ処 京丸の看板メニューは石焼うなぎだ。熱した溶岩石の器に、割きたて・焼きたてのうなぎを盛り付けて提供するスタイルで、皮はぱりっと香ばしく、身はふっくらとした食感が楽しめると評判だ。
一般的なうなぎ料理は、調理後に器に移して客のもとに届くまでの間に温度が下がりやすい。その点、溶岩石の器は蓄熱性が高く、テーブルに運ばれてからもしばらく熱々の状態が続く。うなぎにとって「熱さ」は風味を最大限に引き出す条件のひとつであり、食べ終わるまで高い温度を維持できることは料理のクオリティに直結する。
また、全国でも珍しいとされるうなぎのしゃぶしゃぶも提供しているという(詳細は公式サイトや来店時にご確認いただきたい)。新鮮なうなぎを薄くスライスし、出汁でしゃぶしゃぶするというスタイルは、まさに問屋直営ならではの素材の鮮度が前提となるメニューだ。うなぎを「生の状態から楽しむ」という体験は、一般の飲食店ではなかなか味わえない。
静岡のうなぎ文化と沼津の立ち位置
静岡県は全国有数のうなぎ産地として知られる。とりわけ浜名湖周辺(浜松・湖西市エリア)は、明治24年(1891年)に日本初の本格的な養鰻池が作られた発祥地として有名だ。温暖な気候と豊富な水源に恵まれた浜名湖地域は、戦後の昭和20〜30年代に養鰻が最盛期を迎え、全国生産量の約7割を占めた時期もあったと言われる。
浜名湖から東へ進んだ先にある三島市は、また別の形でうなぎ文化を確立した。三島のうなぎが名高い理由は産地ではなく「水」にある。富士山の伏流水が豊富に湧き出す三島では、うなぎを伏流水で蓄養することで余分な臭みや脂を落とし、身を締める。この「締め」の工程が、三島うなぎの上品な風味と歯ごたえを生む。産地ブランドではなく、「仕上げの技術と水」でブランド化した珍しいケースだ。
沼津は浜名湖や三島ほど「うなぎの街」として全国的な認知度は高くないが、市内にはうなぎ専門店が複数存在し、地元客から支持を受ける店が続いている。沼津の場合は「うなぎ産地」ではなく、「うなぎ問屋が根付いた消費・流通の拠点」という性格が強い。京丸うなぎが焼津から沼津の春日町へ移ってきた歴史は、沼津が単なる消費地ではなく、うなぎの流通拠点として機能するだけのインフラを備えていたことを示している。
うなぎと日本人の長い歴史、万葉集から現代の土用の丑まで
うなぎと日本人のつながりは非常に古い。縄文時代の遺跡からうなぎの骨が出土しており、数千年以上にわたって食されてきたことがわかっている。8世紀に成立した万葉集には、大伴家持が「石麻呂に われ物申す 夏痩に 良しといふものぞ 武奈伎(むなぎ)食せ」と詠んだ歌が残る。「夏に痩せてしまった人には、うなぎを食べるといい」という意味であり、うなぎが滋養強壮食として古代から認識されていたことを示す記録だ。
うなぎを「蒲焼」として食べるようになったのは室町時代(14〜15世紀)頃とされる。当初は筒切りにして串を刺して焼くスタイルで、その形が蒲の穂(がまのほ)に似ていたことから「蒲焼」という名がついたと言われる。現在のように開いて中骨を取り、秘伝のタレで焼く調理法は、元禄時代(17世紀末〜18世紀初頭)頃に江戸の職人の手で確立されていった。醤油・みりん・酒・砂糖を組み合わせた照りのあるタレは、江戸の食文化が磨き上げた技の結晶だ。
土用の丑の日(夏)にうなぎを食べる習慣は江戸時代に定着したものだ。夏の丑の日に「う」のつく食べ物を食べると夏バテしないという風習があり、そこにうなぎの滋養強壮イメージが結びついた。毎年7月下旬になると全国でうなぎの需要が急増するが、その習慣は現代も続いている。問屋として全国の飲食店にうなぎを卸す京丸のような業者にとって、土用の丑の前後は特に需要が高まる繁忙期でもある。
春日町でうなぎを食べる実用ガイド
春日町でうなぎを目当てに訪れるなら、問屋直営の専門店・うなぎ処 京丸が選択肢の中心となる。沼津港の賑わいエリアからほど近い立地で、海鮮丼や回転寿司とは一線を画した「うなぎ専門の時間」を過ごせる場所だ。
定休日は火曜日。営業時間は月〜木曜が11:00〜15:00・17:00〜20:00の二部制、金・土・日・祝日は11:00〜21:00の通し営業となっている(変更の可能性があるため、訪問前に公式サイトや電話で確認されたい)。週末は沼津港エリア全体が観光客で混雑しやすいため、ゆっくり食事を楽しみたい場合は平日の訪問もひとつの選択肢だ。
春日町周辺にはうなぎ処 京丸のほかに、沼津魚がし本店(寿司)や焼鮨さいとうといった海鮮系の名店も集まっており、うなぎだけでなく食の選択肢が広い通りでもある。沼津港観光で海鮮ばかり食べ続けてきた人にとって、うなぎという選択は目先を変えるうえでも面白い。魚のプロが集まる場外エリアで、うなぎ一筋60年の味をぜひ一度試してみてほしい。
参考・出典
- うなぎ処 京丸 公式サイト(京丸うなぎグループ)
- 京丸うなぎ株式会社 公式サイト
- うなぎと人の関わり(歴史)|株式会社鮒忠
- 富士山の伏流水でおいしいうなぎに!三島うなぎのおいしさの魅力|静岡県公式
- 冒頭画像: Eel kabayaki, Una-don, Katori-city, Japan.JPG / 撮影: katorisi / CC BY-SA 3.0
