のっぽパンといえば、静岡県民なら誰もが知るソウルフード。長さ34センチ、ミルククリームを詰めた細長いコッペパンに、キリンのイラストが描かれたあのパンだ。しかしこのパンがどこで生まれ、なぜあの形になり、一度は消えかけ、どうやって復活したのか——意外に知られていない誕生秘話を、沼津ゆかりの地から丁寧にひも解いていく。
のっぽパンが生まれ育った静岡県東部は、富士山の裾野に広がる土地でもある。この地域のソウルフードを知る前に、まずはその背景にある富士山麓の風土を思い浮かべてほしい。
1978年、沼津から生まれたソウルフード
のっぽパンが誕生したのは1978年(昭和53年)。静岡県沼津市に本拠を置くエヌビーエス株式会社——当時「ヌマヅベーカリー」の愛称で親しまれていた製パン会社——がその生みの親だ。
沼津はもともと漁港として栄え、職人の手仕事が根付く土地柄。海の幸だけでなく、地元の食文化を支える食品企業も多く育ってきた。のっぽパンも、そんな沼津の食品製造業の文化から生まれた一品である。
当初から驚異的な売れ行きを見せ、発売後は1日5万本の出荷を記録するほどの大ヒット商品となった。「静岡県東部の子どもたちのおやつ」として瞬く間に家庭に定着し、世代を超えて愛されるソウルフードへと成長していく。
「さくら棒みたいな長いパン」──誕生のコンセプト
のっぽパンがあの独特のシルエットを持つことになったのは、創業社長のひとつのアイデアがきっかけだった。「さくら棒みたいな長いパンができたらいいな」──その言葉から、34センチという規格外の長さが生まれた。
開発チームが子ども向けのパンとして考えたのは、「食べやすさ」と「楽しさ」の両立だ。細長いコッペパンは、小さな手でも持ちやすく、端から端まで均一にクリームが詰まっているため、最後の一口まで同じおいしさを楽しめる。
製造方法にも独自のこだわりがある。24センチの生地を職人が手で伸ばし、2台のオーブンを使って焼き上げる。焼き上がったパンにクリームを塗布するのも手作業で、熟練の職人なら約2秒でこの作業を完成させるという。日産量は約1万本。機械化が進んだ現代においても、手仕事の温かみを大切にしながら作り続けられている。初代ののっぽパンはクリーム味1種類のみ——そのシンプルさが長く愛され続ける礎となった。
パッケージのキリンは「名前なし・性別不明・胴体なし」
のっぽパンを象徴するもうひとつのトレードマーク、それがパッケージに描かれたキリンのキャラクターだ。しかしこのキリン、実は驚くべき事情を抱えている。
「のっぽ」という名前が示す通り、「長さ」が最大の特徴であるこのパン。開発担当者は子ども向けという対象層を考え、「首が長い=のっぽ」を体現する動物としてキリンをマスコットに採用した。沼津や三島の子どもたちに身近な施設である楽寿園(三島市)では当時キリンが飼育されており、地元の動物として親しみやすかったことも背景にあるとされている。
ところが公式に「キリンのキャラクターの名前は?」と問い合わせると、返ってくるのは意外な回答だ。
「キリンのキャラクターの名前はございません」
さらに続く事実も衝撃的だ。性別も不明。首以下の胴体や脚なども不明——つまり、パッケージに描かれているのは「キリンの顔から首まで」だけで、全身の姿さえ公式で把握されていない。名前も性別も、全身の姿も謎のまま、半世紀近くにわたって静岡県民に愛され続けているというこの事実は、奇妙な愛らしさを醸し出している。
累計2億本──「のっぽパン王国」の形成
発売から45年以上が経った今、のっぽパンの累計販売本数は約2億本に達する。静岡県内で長年にわたって販売されてきたことを考えると、「県民全員が一度は食べている」規模の数字だ。
製造会社のバンデロールは1972年設立。もともとエヌビーエスの小売部門として生まれた会社で、のっぽパンは現在もこのバンデロールが製造している。スーパー、コンビニ、駅キヨスク、高速道路のサービスエリア——さまざまな場所で手軽に買えることが、ロングセラーを支える大きな要因となっている。
2007年、突然の消滅と「ありがとう横断幕」
しかしのっぽパンの歴史は順風満帆ではなかった。2007年7月31日、エヌビーエスの事業再編に伴い生産工場が閉鎖。のっぽパンは突然、店頭から姿を消すこととなった。
最後の操業日、工場前に集まったファンが掲げたのは「ありがとう、のっぽパン」と書かれた横断幕だった。涙ながらに販売再開を求める声も上がり、まるで大スターの引退発表のような光景が広がったという。工場閉鎖後も「再開はしないのか」という問い合わせがバンデロールに届き続け、ファンによる自主イベント「サヨナラのっぽパン」も開かれた。消えてみて初めてわかる、のっぽパンの存在の大きさを感じさせる光景だった。
復活の奇跡──ファンとスタッフが動かした2008年
2008年4月、のっぽパンは復活を果たした。
バンデロール社内でも「このまま終わっていいのか」という声が高まり、復活プロジェクトが立ち上がった。中心となった野田歩・取締役管理本部長を筆頭に、社員とファンの熱い思いを束ね、わずか1年足らずでのっぽパン専門店を静岡駅パルシェにオープンさせた。
開店当日の光景は今でも語り草だ。開店前から列をなすファンが集まり、30分で完売するほどの大盛況。「のっぽパンが戻ってきた」という喜びは、静岡中に広がった。こうして復活を遂げたのっぽパンは、以前にも増して愛される存在となり、季節限定フレーバーやコラボ商品など、バリエーションも急速に広がっていった。
「私ののっぽパンを切り刻むとは何事だ!」
復活後のエピソードの中でも特に語り継がれているのが、「ラスク事件」だ。
製造過程で生じる形の悪いのっぽパン(いわゆる製造ロス)を有効活用しようと、スタッフが独自の発想でラスクに加工して販売したところ、会長(創業家)から烈火のごとく叱られることとなった。
「私ののっぽパンを切り刻むとは、どういうことだ!」
のっぽパンへの強い愛情と、創業者としての誇りが凝縮された言葉だ。その後、スタッフが丁寧に意図を説明して理解を得たが、このエピソードは「のっぽパンは単なる商品ではなく、創業者の魂が宿っている」ことを端的に示すものとして今も語り継がれている。
ラブライブ!サンシャイン!!が連れてきた全国区の波
のっぽパンが静岡県を超えて全国的な知名度を得るきっかけとなったのが、2016年から放映されたアニメ「ラブライブ!サンシャイン!!」とのコラボレーションだ。沼津を舞台とするこのアニメが全国的なブームを引き起こし、聖地巡礼として沼津を訪れるアニメファンが急増。作中でキャラクターがのっぽパンを食べるシーンが登場したことで、県外のファンも「沼津のパン」として認知するようになった。
コラボ商品第1弾として発売された「塩キャラメルのっぽ」は30万本を販売する大ヒットに。その後も複数弾のコラボ商品が展開され、第3弾まで続く人気コラボとなった。現在、のっぽパンのフレーバーは定番のクリーム・チョコ・ピーナッツに加え、季節限定品やコラボ品を含めると累計約70種類を数える。
「約40年変わらないパン生地の基本配分を維持しながら、飲み物なしでも食べやすく、飽きない味わいを基準に新商品を開発する」という一貫した姿勢が守られているため、どのフレーバーでも「のっぽパンらしさ」は変わらない。このブレない軸こそが、約半世紀にわたるロングセラーの秘密といえるだろう。
実際に行ってみた──バンデロール沼津本社工場 直売所レポート
百聞は一見にしかず、ということで2026年7月8日、実際にバンデロール沼津本社工場(沼津市西島町20-2)まで足を運んできた。のっぽパンがどんな場所で作られ、どんな直売所で売られているのか、現地の空気とともにレポートする。

株式会社バンデロール沼津本社工場。「Banderole」のロゴマークが掲げられた本社ビルの前には、来場者用の駐車場も完備されている
本社ビルの正面玄関には「株式会社バンデロール」の看板と、鳥をモチーフにしたコーポレートロゴ。ここが約半世紀にわたって静岡県民のソウルフードを焼き続けてきた場所かと思うと、少し感慨深いものがある。駐車場には「工場直売所駐車場」の案内板も出ており、迷わずたどり着けた。
「のっぽ 工場直売所」を発見

本社敷地内にある「のっぽ 工場直売所」。黄色い看板とキリンのマークが目印だ。買ったばかりの「パイナップルのっぽ」を手に
本社ビルの敷地内、駐車場の一角に、黄色い看板を掲げたコンテナ型の直売所を発見。これが2023年10月に常設オープンした「のっぽ 工場直売所」だ。記事前半で紹介した「毎月第1・第3日曜日限定の工場直売市」とは別に、ここでは平日でも定番からレア商品まで買える。看板のキリンは、記事の中でも触れた「名前も性別も不明」のあのキャラクターだ。
店内には定番から限定品までずらり

直売所の陳列棚。定番のクリーム味だけでなく、季節限定「白いちじくのっぽ」やご当地コラボ「清水もつカレーのっぽ」まで並ぶ
店内に一歩入ると、想像以上のラインナップに驚かされた。「がっちりマンデーで紹介されました」というPOPとともに並ぶ「のっぽラスク」(メイプル・プレーン各¥380)。今月の新商品と紹介されていた「パイナップルのっぽ」(¥190)。同じく季節限定の「じゃりじゃりみかんのっぽ」(¥190)。さらに「てりやきチキンのっぽ」「清水もつカレーのっぽ」(各¥600)といったご当地食材コラボや、新発売の「白いちじくのっぽ」(¥350)まで、直売所ならではの品揃えだった。人気の「チキン南蛮のっぽ」はこの日すでに完売しており、地元での支持の厚さがうかがえた。
今回購入したのは、その場でひときわ目立っていた新商品「パイナップルのっぽ」。食べてみると、パイナップルの甘みがして美味しかった。工場からほど近い場所で焼きたてに近い商品を手に取れるのは、直売所ならではの魅力だ。
記事の冒頭で紹介した「累計2億本」という数字も、実際にこの直売所の賑わいを目の当たりにすると、決して大げさな数字ではないと実感できた。沼津を訪れる際は、海鮮グルメだけでなく、この工場直売所にも足を延ばしてみてほしい。
沼津でのっぽパンを味わう──その他の購入場所
もちろん、工場直売所以外でも購入できる。バンデロール沼津本社工場(沼津市西島町20-2)では、毎月第1・第3日曜日に工場直売市も開催している(9:30〜13:00という情報があるが、訪問前に公式サイト等で最新情報を確認してほしい)。限定フレーバーや焼きたてのパンを直接購入できるとあって、開催日には多くのファンが訪れる。
沼津港エリアを訪れた際には、市内のスーパーやコンビニエンスストアでも気軽に購入可能だ。沼津の海鮮グルメを楽しんだあと、「沼津みやげ」としてのっぽパンを一袋手にするのも旅の締めくくりとしてぴったりだ。
出典
・Wikipedia:のっぽパン
・沼津観光ポータル:のっぽパン徹底解剖
・静岡ライフ:静岡で45年愛されるパン ファンが救った消滅の危機
・おたくま経済新聞:静岡のローカルパン「のっぽ」に描かれているキリンに衝撃的な事実
・Face to Face:愛してやまない のっぽパン ヒストリー