「沼津漁港」で調べると沼津港が出てくる。呼び方が2つあるように見えるが、
指しているのは同じ場所だ。ただし制度のうえでは、この港は「漁港」ではなく「港湾」にあたる。
そして沼津港は、ひとつの港ではない。内港(ないこう)と外港(がいこう)という
性格の違う2つの区域からできている。観光で「沼津港に行く」と言うとき、
そのほとんどは内港のことを指している。
しかも沼津港は、魚を送り出す港であると同時に受け入れる港でもある。
この二役を1か所で担う港は全国でも珍しい。
この記事では店の紹介ではなく、港そのもののしくみを整理する。
どういう役割の港で、内港と外港はどう違い、
観光客はどこまで入れるのか。それが分かると港歩きの見え方が変わる。
沼津港は「漁港」ではなく「港湾」
日本の港は大きく2つの制度に分かれている。魚を揚げるための漁港と、
人や物を運ぶための港湾だ。沼津港は後者にあたる。
水産庁が公表している漁港一覧を見ると、沼津市にある漁港は
井田・西浦・戸田・内浦・静浦の5つで、この一覧に沼津港は載っていない。
つまり「沼津漁港」という名前の漁港は制度上は存在せず、
魚が揚がる港という意味で使われている呼び名ということになる。
静岡県の説明によれば、沼津港が担う役割は3つある。
- 県東部の物流拠点
- 西伊豆地域への海の玄関口としての観光交流拠点
- 大規模災害時に緊急物資の受入れなどを行う防災拠点
漁業専用の港ではない。それでいて国土交通省の資料では
「県内有数の水産物流通基地」とされ、年間166万人が訪れる観光地でもある。
漁業・物流・観光・防災が同じ港に同居しているのが沼津港の特徴だ。
魚が「出ていく港」であり「入ってくる港」でもある
沼津港のしくみを理解するうえで、いちばん変わっているのがここだ。
この港は魚を送り出す港であると同時に、魚を受け入れる港でもある。
魚市場には大きく2つの型がある。
| 産地市場 | 消費市場 | |
|---|---|---|
| 役割 | その土地で揚がった魚を全国へ送り出す | 全国から集めた魚を地元へ配る |
| 魚の向き | 港 → 大消費地 | 各地の産地 → 港のまわり |
| 例 | 駿河湾のアジ・サバを豊洲などへ | 全国の魚を伊豆・箱根・静岡東部の店へ |
ふつうの漁港は前者だけを担う。沼津港は、この両方を1か所でやっている。
全国的にも珍しい形で、これが「県内有数の水産物流通基地」と呼ばれる理由でもある。
この二役があるから、港のまわりの店は地元の魚も、全国の魚も同時に扱える。
駿河湾で獲れないカニやホタテが沼津港の食堂に並ぶのは、
消費市場としての機能がここにあるからだ。
「沼津港なのに地元の魚じゃないものがある」のは、手抜きではなく港のしくみによる。
市場そのもののしくみ――誰が誰に売り、どういう順番でせりが動くのかは
沼津港の市場|せり見学は朝5:45から・土曜は休み・市場の中で食べられる3店で詳しく書いている。
内港と外港はどう違うのか
沼津港は、造られた時期も役割も違う2つの区域に分かれている。
| 内港 | 外港 | |
|---|---|---|
| できた年 | 昭和12年(1937) | 昭和45年(1970) |
| 主な役割 | 魚市場・観光・物流 | 貨物 |
| 観光施設 | 市場・新鮮館・びゅうお・水族館 | ほぼ無い |
| 観光客 | ここに集まる | 用事がない |
先にできたのが内港だ。もともと沼津の魚市場は狩野川の河岸
(永代橋の下流あたり)にあったが、川は土砂がたまりやすく、
漁船が大型化していくのに対応できなくなった。
そこで鮮魚商の有志が大正末期から河口に港をつくる動きを起こし、
静岡県の施工で昭和12年に内港が完成した。
その後、貨物を扱う場所が手狭になり、
昭和33年から外港の整備が始まって昭和45年に沼津外港が開港。
昭和47年には内港と外港を結ぶ航路も完成した。
魚と観光の内港、貨物の外港という分担が、この時期にできあがっている。
ただし静岡県自身が課題として
「内港に物流機能が残っている」「外港地区の貨物が整理されていない」
「内港の開発用地の限界(駐車場不足など)」を挙げており、
分担はきれいに割り切れているわけではない。
内港が混みやすいのは、観光と物流が同じ場所に同居していることも背景にある。
観光客が行くのは、ほぼ内港
市場・新鮮館・びゅうお・深海水族館・港八十三番地は、すべて内港のまわりに集まっている。
歩いて回れる距離で、ここだけで沼津港観光は完結する。
静岡県の調査では、沼津港を訪れる人の
半数以上が来訪目的に「食事」を挙げている。
関東からの日帰りバスツアーの多くが沼津港での昼食を行程に組んでおり、
港内の大型バスの駐車台数は平成22年の約2,800台から、平成25年には約4,100台に増えた。
言い換えると、内港は昼どきに最も混む。
落ち着いて回りたいなら、午前中の早い時間に着いておくほうがいい。
港の中に何があるか
| 施設 | 何をする場所か | 観光客は |
|---|---|---|
| 沼津魚市場INO (千本港町128-3) |
実際にせりが行われる市場。1階が卸売場 | 2階の見学通路まで |
| 沼津みなと新鮮館 (千本港町128-1) |
物販・飲食13店舗のマーケットモール | 自由に入れる |
| びゅうお | 津波から市街を守る水門。展望施設つき | 有料で展望室へ |
| 港口公園 | 港に隣接する緑地 | 自由に入れる |
名前が似ている「INO」と「みなと新鮮館」は別の建物だ。
住所も128-3と128-1で分かれている。待ち合わせのときは間違えやすい。
観光客が入れる範囲・入れない範囲
入れる:市場の2階(見学通路・展望デッキ)
沼津魚市場INOの2階には見学者通路があり、朝のせりを上から見学できる。
料金は無料で申し込みもいらない。沼津市の観光公式サイトによると、
見学者通路が開くのは5:00〜17:00、
実際にせりが動くのは5:45〜7:00頃だ。
ただし毎週土曜日は休場で、ほかに月2〜3日の休みがある。
土曜に早起きしても、せりは行われていない。
確実に見たい日があるなら、前日までに沼津魚市場(055-962-3700)へ確認しておくと安全だ。
せりがどういう順番で動くのか、市場の2階で何が食べられるのかは
沼津港の市場|せり見学は朝5:45から・土曜は休み・市場の中で食べられる3店で詳しくまとめている。
入れない:1階のせり場
1階の卸売場に一般の人は入れない。沼津市の説明では衛生管理対策のためとされている。
沼津に限った話ではなく、食品衛生の基準を満たす現代の卸売市場に共通するルールだ。
見学は必ず2階からになる。
入れる:びゅうおの展望室(有料)
港のランドマークである大型展望水門「びゅうお」は、
東海地震の津波対策として造られた水門だ。沼津市の観光公式サイトによると、
津波を止める扉体は幅40m・高さ9.3m・重量406tで日本最大級。
地震が起きると約5分で自動的に完全閉鎖する。
その高さを生かして地上30mに展望施設があり、
富士山・箱根連山・沼津アルプス、駿河湾に突き出す大瀬崎まで見渡せる。
真下には魚市場も見えるので、内港と外港のかたちを理解するには一番早い場所だ。
- 営業時間:10:00〜20:00(木曜は14:00まで)
- 入場料:大人300円/小中学生150円
なぜ港にこれほど大きな水門が必要だったのかは
沼津港の「びゅうお」はなぜ建てられたのかで解説している。
3つの施設の位置関係
ここまでに出てきた市場・新鮮館・びゅうおは、どれも歩いて回れる距離にある。
ただし「市場(INO)」と「みなと新鮮館」は名前が似ていて場所が違うので、地図で確かめておきたい。
※ ピンは3つ。沼津魚市場INO(千本港町128-3/せり見学の通路とデッキは2階)、沼津みなと新鮮館(千本港町128-1/物販・飲食13店)、びゅうお(千本1905-27/展望室は有料)。市場と新鮮館は名前が似ていますが別の建物です。地図は指やマウスで動かせます。左上の「+」「−」で拡大・縮小できます。(地図:OpenStreetMap/座標:OpenStreetMapの登録データ・住所で照合)
3つの施設を詳しく見る
沼津港の内港には、性格の違う3つの施設が並んでいる。市場・新鮮館・びゅうおだ。どれも歩いて回れる距離にあるが、できた年も役割もまったく違う。
沼津魚市場INO(イーノ)――全国に類のない市場
実際にせりが行われている市場が、この沼津魚市場INOだ。2007年(平成19年)11月に竣工し、翌2008年1月から使われている。
建物は東西126m×南北46m、延床面積7,697m²の鉄骨一部2階建て。名前の「INO」は、ギリシャ神話の海の女神イーノから取られている。航海する男たちを見守ってきた女神だという。
沼津魚市場自身が、この施設をこう説明している。
HACCPを取り入れた市場機能に、見学者通路・展望デッキ・食堂など観光要素を合築させた複合施設で全国にも類がありません
衛生管理の作り込みが徹底している。
- 四面を閉じたクローズ型(鳥・風・粉塵・害虫を入れない)
- 壁と天井に突起物がない(ホコリが溜まらないように)
- 出入口すべてに手足の洗浄場。せり場は一方通行
- リフト用の洗浄プールまである
- 排ガスの出ないバッテリーフォークリフトと、跡の残らない白いタイヤ
とくに面白いのが活魚の水槽だ。通年17℃の循環型システムだが、貝は16℃、カニは10℃と生き物ごとに水温を分けている。冷凍マグロを扱う大物売場は18℃以下に保たれている。
2階の見学通路からは、1階のせり場を上から見下ろせる。料金は無料、申し込みもいらない。通路が開くのは5:00〜17:00で、せりが動くのは5:45〜7:00頃だ。
デッキは2方向にある。西デッキからはびゅうおを間近に、狩野川の河口と我入道海岸まで。北デッキからは内港越しに富士山と箱根連山が見える。
建物の中には飲食店が3つある。沼津魚市場食堂、廻転鮨うお亭、Hawaiian Food’s TONY’S。せりを見たあとにそのまま食事ができる。
なお市場の歴史は建物よりずっと古い。1768年(明和5年)に「沼津宿五十集(いさば)商人組合」が結成されたのが始まりで、沼津港そのものは1933年に起工し1937年に完成している。
沼津みなと新鮮館――買い物と食事のための場所
沼津みなと新鮮館は、2009年(平成21年)4月に開業した施設だ。港の玄関口にあたる場所に建っている。
干物・鮮魚・地場野菜・お茶・わさび・スイーツの店と、飲食店が入る「食のマーケットモール」で、10数店舗が並ぶ。北側にはウッドデッキとイベントスペース、休憩スペースがある。定休日は第2・第4火曜日。
INOとの違いは、誰のための施設かにある。
| 沼津魚市場INO | みなと新鮮館 | |
|---|---|---|
| 性格 | 卸売市場(プロが売買する) | 小売・飲食施設(一般客向け) |
| できた年 | 2008年 | 2009年 |
| 一般客は | 2階の見学通路まで | 自由に入れる |
| 買えるか | 買えない(せりは業者のみ) | 買える |
名前が似ているうえ住所も隣接している(INOが千本港町128-3、新鮮館が128-1)ので、待ち合わせのときは間違えやすい。「市場に集合」では通じないので、どちらか名前をはっきり伝えたほうがいい。
びゅうお――港のかたちが一度に分かる場所
びゅうおは2004年(平成16年)に完成した大型展望水門だ。東海地震の津波から市街地を守るために造られている。
津波を止める扉体は幅40m・高さ9.3m・重量406tで日本最大級。地震が起きると約5分で自動的に完全閉鎖する。
その高さを利用して、地上30mに展望室が設けられている。ここから見えるものは多い。
- 富士山、箱根連山、沼津アルプス
- 駿河湾に突き出した大瀬崎
- 真下の魚市場と、行き来する船
- 水門の心臓部である巻上機(水門の内部が見られる)
内港と外港のかたちを理解するには、ここが一番早い。地図で見るより、上から一度見たほうが位置関係が頭に入る。港歩きの最初に上がるのも、締めくくりに上がるのも、どちらでも意味がある。
- 営業時間:10:00〜20:00(木曜は14:00まで)
- 入場料:大人300円/小中学生150円
なぜ港にこれほど大きな水門が必要だったのかは沼津港の「びゅうお」はなぜ建てられたのかで解説している。
なぜ沼津港に魚が集まるのか
沼津港が水産物の流通拠点になっている理由は、大きく2つある。目の前の海と、港のうしろにある道路網だ。
港のすぐ沖が、もう深海になっている
駿河湾は日本一深い湾で、最深部は水深2,500mある。静岡県の資料によると、湾の入口(石廊崎〜御前崎)の幅は約56km、奥行きは約60km。この大きさで2,500mというのは、湾としては異例の深さだ。
もっと驚くのは、その深さに達するまでの近さである。
海岸からわずか2kmで、水深500mに達する。
ふつうの海は沖に向かってゆるやかに深くなるが、駿河湾は岸から急に落ち込んでいる。港を出てすぐの場所が、もう深海なのだ。
この地形は、湾の底を駿河トラフが走っていることによる。南側のフィリピン海プレートが、北側の陸側プレートの下へ年に数センチずつ沈み込んでおり、その沈み込み帯がそのまま湾の底になっている。湾のかたちをした海溝、と言ったほうが近い。
富士山の標高3,776mと合わせると、山頂から湾底までの高低差は6,000mを超える。日本の最高点と、湾としての最深点が隣り合っている。
日本の魚の4割以上が、この湾にいる
深さが変われば、そこに棲む魚も変わる。浅い海の魚も、深海の生き物も、同じ湾の中にいることになる。
静岡県の資料によると、日本に生息する魚類2,300種類のうち、約1,000種類(4割以上)が駿河湾にいる。海藻の種類も全国で最も多い。
サクラエビが獲れるのは、日本では駿河湾だけだ(ただし水揚げは由比港と大井川港で、沼津港ではない)。
深海魚も駿河湾の名物だが、これを獲る底曳き網漁をしているのは沼津市戸田の漁協(8隻)と静浦漁協(3隻)で、こちらも沼津港ではない。同じ沼津市でも、西伊豆側の別の漁港である。禁漁期間は5月から9月なので、深海魚が食べられるのは10月から4月にかけてになる。
沼津港深海水族館が沼津にあるのは、この海が近いからだ。
数字で見ると、沼津港は「産地市場」ではない
ここからが、沼津港のいちばん変わっているところだ。
静岡県が公表している令和5年度(2023年4月〜2024年3月)の統計で、沼津魚市場の中身を見てみる。
| 区分 | 数量 | 金額 |
|---|---|---|
| 船から揚がった魚(水揚品) | 6,580t | 約19.3億円 |
| トラックで運ばれた魚(陸送品) | 5,489t | 約60.1億円 |
| 合計 | 12,069t | 約79.4億円 |
取扱金額79.4億円のうち、60.1億円――全体の76%が「陸送品」である。つまり沼津港で扱われる魚の大半は、この港の船が獲ってきたものではなく、よそから運び込まれたものだ。
これは沼津港が手を抜いているという話ではない。消費市場としての機能が、それだけ大きいということだ。
県内のほかの市場と比べると、その異質さがはっきりする。静岡県内には産地市場が16か所あり、そこで扱われる陸送品は合計7,127t・86.2億円。そのうち沼津港1港だけで、数量の77%・金額の70%を占めている。
焼津のような大きな産地市場でも、陸送品はごくわずかだ。県内で沼津だけが、産地市場と消費市場の両方の顔を持っている。
なぜ沼津が集散地になったのか
理由は場所にある。沼津は伊豆半島の付け根にあたり、徳川の時代から静岡県東部の貨物の集散地だった。魚の問屋・仲買・小売がここに集まったのは、その延長線上にある。
いまは道路がその役目を引き継いでいる。東名高速の東京ICから沼津ICまで約103km、車で1時間10分ほど。首都圏との距離が近い。
沼津魚市場によると、買い出しに来るのは静岡県内にとどまらず、山梨県・神奈川県・東京都まで広がっており、消費人口120万人以上の生鮮魚介類の流通を担っているという。
だから沼津港の食堂には、駿河湾で獲れないカニやホタテも並ぶ。「沼津港なのに地元の魚じゃないものがある」のは、手抜きではなく港のしくみによる。
干物が名産になった理由
魚が集まる港のまわりには、加工の産業が育つ。沼津の干物がそれだ。
農林水産省の統計(令和6年)によると、干しあじの全国生産量16,659tのうち、静岡県は8,131t――全国の48.8%を占めて日本一である。2位の神奈川県は1,929t(11.6%)なので、4倍以上の差がついている。県内では沼津と伊東での生産が特に盛んだ。
干物づくりが商品として始まったのは大正6〜7年(1917〜18年)から。それ以前は、漁師が売れ残った魚を自家用に開いて干していた。歌川広重の「東海道五十三次」の沼津宿にも、干物を干す様子が描かれている。
沼津が適していたのは、気候による。湿度が低く、雨が少なく、西風(ならい風)が強い。干物を乾かすのに向いた土地だった。加えて、洗浄に使える柿田川の湧き水(富士山の伏流水)がある。
魚が近く、乾かす風があり、洗う水があり、運ぶ道路がある。港のまわりに干物屋と食堂が密集しているのは、この条件が重なった結果だ。
港を歩くときの順番
- 早朝:市場2階の見学通路でせりを見る(5:45〜7:00頃・土曜は休み)
- 朝〜昼:市場やまわりの食堂で食べる
- 昼〜夕方:みなと新鮮館で干物などを買う
- 締め:びゅうおの展望室から港全体を見る(木曜は14時まで)
せりを見るなら早朝、展望室に上がるなら日中と、
見たいものによって行く時間が変わるのが沼津港だ。
昼どきはバスの団体客と重なるので、朝から動くほうが選択肢は多い。
まとめ
- 沼津港は制度上「漁港」ではなく港湾。漁業・物流・観光・防災を兼ねる
- 沼津市の漁港は井田・西浦・戸田・内浦・静浦の5つで、沼津港は含まれない
- 魚を送り出す港(産地市場)と受け入れる港(消費市場)の二役を1か所で担う、全国でも珍しい港
- 内港(昭和12年)=魚市場と観光、外港(昭和45年)=貨物。観光客が行くのはほぼ内港
- 市場は2階の見学通路まで。1階のせり場は衛生管理のため入れない
- せり見学は5:45〜7:00頃・無料・申込不要。ただし土曜は休場
- びゅうおは大人300円、木曜は14時まで
出典:水産庁「漁港一覧(静岡県)」/静岡県「沼津港」「第1回 沼津港の将来を考える有識者会議 説明資料」/国土交通省 中部地方整備局「みなとオアシス沼津」/沼津市観光ポータル「沼津魚市場INO」「沼津港大型展望水門びゅうお」。
文:沼津港なび 編集部|本記事の情報は2026年8月時点のものです。営業時間・料金は変わる場合があります。
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